東京高等裁判所 昭和51年(う)1282号 判決
被告人 北嶋俊一
〔抄 録〕
所論は、要するに、原判決は被告人が本件犯行当時飲酒酩酊のため心神耗弱の状態にあったとの原審弁護人の主張を排斥したが、その説示するところはいずれも事実誤認に出たもので、右の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れないといい、被告人の本件犯行当時の酩酊状態は異常(病的酩酊ないし複雑酩酊)といわざるを得ず、そのため被告人は心神喪失あるいは少なくとも心神耗弱の状態にあったものであると主張し、その理由を縷述するものである。
よって、原審記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、当審鑑定人西尾忠介作成の精神鑑定書ならびに証人西尾忠介および被告人の当審公判廷における各供述その他の関係証拠を総合すれば、被告人は血中酒精濃度に対応する酩酊度で見る限り比較的酒に弱いのであるが、本件犯行当時被告人はいわゆる病的酩酊ないし複雑酩酊の状態にはなく普通の酩酊の状態にあったこと、しかし、普通の酩酊とはいえその程度は血中酒精濃度が一デシリットル中一三五ないし一四〇ミリグラムに達しており、酒精負荷試験の結果にあてはめてみると、記憶の欠損障害を伴い、かつ、思慮分別を欠いた短絡行為が起こり易い、いわゆる強度酩酊の中位から上位に相当する状態であったこと、本件犯行は右酩酊により思慮分別を欠いた短絡的行為として行なわれたものであることを肯認することができ、右事実によってみれば、被告人は本件犯行当時いわゆる是非善悪を弁別し、その弁別に従って行動する能力を全く欠いていたとまではいえないが、右能力が著しく減退していた、すなわち、心神耗弱の状態にあったものと解するのが相当である。
原判決は被告人の責任能力に関する原審弁護人の主張を排斥するにあたり三点につき説示しているが、まず飲酒時間が約十八時間の長きにわたっているという点は、被告人が当時原判示の量の酒類を約十八時間にわたって平均的に飲んだというのであればともかく、本件においては犯行時刻に近い時点で集中的に飲んでいることが明らかであり、また被告人が犯行場所の状況、犯行の経過等についてかなり詳細に記憶しているという点について検討するに、被告人の各供述調書および原審公判廷における供述中右記憶の存在をうかがわせる部分は、被告人の前記のような酩酊の程度に照らしやや不自然であり、思わざる大罪を犯してしまい一たんは自殺まで考えた被告人の深い悔恨の情と、捜査官にできるだけ迷惑をかけまいとする権力に対する服従的迎合的性格から記憶にないことまであるかのように供述した疑いが濃厚であり、更に、被告人に特に異常と思われる言動がないという点については、たとえば被告人は犯行直後被害者と同一布とんの中で眼り込み、途中一度目が覚めて被害者を見たり移動させたりしたが、これを自分が殺害した被害者の死体としては認識せず再び朝まで眠っていたという事実がある(右認定に反する被告人の供述調書は信用し難い。)のであって、特に異常と思われる言動がないとはいえず、原判決説示の右三点はいずれも心神耗弱の主張を認容することの妨げとなるものではない。結局原判決は被告人の犯行時の責任能力に関し事実を誤認したものであり、右の事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はその余の点を判断するまでもなく破棄を免れず、論旨は理由がある。
(服部 藤井 山木)